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SHIGOTOにある

Vol.2/4

写真撮影をもっと身近に

フォトグラファー
一條善也さん|EDITS

一條さんは徳島県の北島町でスタジオ「EDITS」を経営するフォトグラファー。七五三や成人式、マタニティフォトなど、人生の節目となる瞬間を柔らかく自然体のままに撮影することを得意とされています。

夢を諦めきれず、未経験ながら写真関係の会社へ再就職。
独立して経営者としての顔ももつ一條善也から見た業界とは。

三谷
一般的には、どういう流れでカメラマンの仕事に就くことが多いんですか?
一條さんのように、はじめは未経験で、
とりあえずどこか就職先を探してから、という人が多いんでしょうか。
一條
新卒で入る方はあまり見たことはなくて、
どちらかと言えば、写真の学校に行っている方とか、
ファッション系に行く方が結構多いと思います。
徳島県内だとファッションの仕事は少ないので、
写真が好きな子が写真家やスタジオに飛び込みで行くというのが多いんじゃないでしょうか。
三谷
その点、一般サラリーマンの
就職と比べたら狭き門ですよね。
一條
そうですね。
でも、カメラマン不足とか、若い人材が育たないというのはよく聞きます。
三谷
そうなんですか?
一條
やはり時間に拘束されるし、
休みも、お祝い事で撮ることが多いじゃないですか。
他の人が遊んでいるときに働くというのが
基本なので、辞めていく方が多いのかなと思います。
三谷
たくさん入ってきても、
続く人はごくわずかな世界というわけですね。
一條
だと思いますね。
三谷
よっぽど好きじゃないと続かない職業ですね。
一條
はい。
なので、長く仕事を続けた方は、
独立してフリーランスになることが多い職業だとも思います。

三谷
わかりました。
ちなみに僕は、カメラマンというのは本当にクリエイティブな仕事だと思うんです。
創造性が豊かであるとか、何かいいものを見つける目をもっているとか。
そういう面で向き不向きがあったり、センスが問われる世界なんでしょうか?
一條
正直、センスはあるに越したことはないと思いますが、
センスと同じくらい、経験とか、見るものや勉強で
変わると言われる職業だと思います。
三谷
努力が必要だということですね。
一條
必要だと思います。
結構、遅咲きのカメラマンというのは多いんですよ。
三谷
あ、そうなんですか。
一條
やはり最初は人の真似事で上手くなっていく。
もちろん自分も、まだ自分らしい写真というのは撮れていないと思っています。
人の真似をしながら勉強している感じですね。
三谷
では、その経験値がどんどん積み重なって、何十年という中でようやく…
一條
オリジナルなものが撮れるんだと思います。
三谷
なるほど~。
僕らにすれば、芸術家的な仕事をしている方は、
ある程度のセンスや生まれ持った才能の上に、
さらに努力が重ねられていると思うんです。
ぱっと物事を見たときに、これは綺麗だなとか、この角度はいいなとか、
普通の人とは物の見方や切り口が違うわけじゃないですか。
それに気付くか、気付かないかは、すごく大きな差だと思うんですが、
やはりそれも経験値の積み重ねですか?
一條
そうですね。
最初は撮れなくて当たり前なのかなと思いますし、
カメラマンの中でも、この人は上手いなと思うのは1割もいない世界だと思います。
三谷
そうなんですか。
一條
あとはみんなドングリの背比べじゃないですけど。
ただ、それを超えたら飛び抜けられるんだろうな、
と思いながらやっています。
三谷
大きな賞を取ったり、世界的にも著名な人は、
同じ業界にいてもやはり全然違う感じですか?
一條
正直、賞を取るよりも、
個性を持っている人の方がカメラマン的にはちやほやされるというか、
評価が高いんじゃないかと思います。
賞を取った人の中には素人の方も多くいますしね。
三谷
そういうものなんですね。
一條
職業として生業にしてなくても、
カメラが好きな方の中には、上手い方がいくらでもいます。
三谷
職業でやるのとはちょっと違うのかもしれませんね。
一條
そうですね。

フリーランスになって思うこと

三谷
一條さんは、組織に属した後に、
タイミングを見計らってフリーになって、両方を経験しているわけですよね。
組織に属するのと、フリーになるのとではどちらがいいとか、
こっちの方がやりやすいとか、何か違いはありますか?

一條
サラリーマンだと、やはり経済面で安定感がありますよね。
大きい仕事もしやすいと思います。
三谷
大きい仕事は会社に入ってきますからね。
一條
その点では、組織に所属している方がいいと思いますね。
でも、フリーになって独立した方が、自分の好きな形をお客さんに渡せるとか、
自分のしたいことができるというメリットが大きいので、やはり全然違いますね。
三谷
一條さんが独立するきっかけは何だったんですか?
何歳になったら独立しようと決めてフリーになったんでしょうか。
一條
具体的には決めてなかったです。
でも、周りの方よりは若い歳にフリーになりたくて、20代のうちに独立したかったんです。
なので、苦労した面も多いですけど、今となっては独立してよかったと思っています。
三谷
一度フリーになって、また組織に戻る人もいるんですか?
一條
います、います。
三谷
それはやはり、残念ながら、
なかなか仕事が続かなかったということでしょうか。
一條
はい。
僕の場合は、独立して1年後に
結婚式場と契約できたのが一番大きかったと思います。
三谷
営業活動というか、仕事を探してくることも
フリーになったら必要ですからね。
一條
そうですね。
カメラマンとはまた別の仕事で。
三谷
組織であれば、
営業部みたいなところが仕事を取ってきますから。
一條
やはり、2人要るところを1人でしないといけないというのはあります。
大変さが違います。
三谷
違う仕事も増えてきて、撮るだけではいけないというか。
一條
フリーになった今になって、ようやくそれが分かりましたね。
三谷
そう考えたら、最初に言ったように口コミとか、
ご紹介でどんどん仕事が増えていくというのは、ありがたいですよね。
一條
いやー、ありがたいですね!
今も、それに越したことはないと思っています。
三谷
僕も同じく起業した側なので、
最初のお客様には感謝しています。
当時は、この後もお客さんが続くのかなという不安をずっと持ちながらやっていました。
一條
最初は不安しかないですよね。
三谷
そうですね。
もう、やるしかないという感じでしたから。
一條
わざと何ヵ月先を見ないようにするけれど、
見たい部分もあるんですよね。
次回はフォトグラファー「一條善也」の信条についてお伺いしたお話しをご紹介します。
取材・文:藤井まどか|株式会社プラザセレクト

GUEST PROFILE

一條善也|フォトグラファー|EDITS

2011年に家族写真や子供の記念写真、ブライダルフォトを中心とした会社”EDITS”を開業。家族写真、子供撮影では年間50組以上、ブライダルでは年間70組以上の撮影をしている。”「いつも通りの笑顔」SimpleにNaturalに”という言葉を大切に、写真が苦手な方や幼い子供でも楽しめる写真撮影を心掛けている。

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「SHIGOTOにある」とは、様々な業種の第一線で活躍するプロフェッショナルの人たちとの対談を通じ、その仕事にある新しい世界を知るコンテンツです。

Interviewer

株式会社プラザセレクト 代表取締役 三谷 浩之
株式会社プラザセレクト 代表取締役

三谷 浩之

1979年香川県高松市生まれ。日本大学理工学部卒業。大学卒業後に入社した総合建築業で建築不動産ノウハウを学ぶ。 その後、四国の地場有力建築会社を経て2015年に独立。地域を豊かにする「生活総合支援企業」を創ることを目的に株式会社プラザセレクトを創業。 現在は徳島・香川という地方エリアでシンプルなデザイン住宅の販売、投資用住宅の提案販売の事業を展開。 「Be Smile にこっを集めよう!」をスローガンに理念を重視した経営を行っている。代表著書に自身の新人時代からの仕事観を綴った「楽しく生きよう!よく遊びよく働け 想いを形にする仕事術」がある。

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